防災コラム #情報

「ロッカーの中のスマホー」ー「持てない職場」の災害対応と、通信手段を分散させるという考え方ー

2026/07/30

ー「持てない職場」の災害対応と、通信手段を分散させるという考え方ー

揺れが来て、避難指示が出る。あなたは非常口へ向かう。

そのとき、スマホは更衣室のロッカーの中。

避難が最優先なので、取りに行くことはできません。
取りに行ってはいけないのです。

これは想像上の話ではありません。多くの職場で、起きえることです。

1.誰の問題なのか

スマホを就業中に手元に置けない職場は、決して例外ではありません。

- 医療・介護(感染管理、清潔区域)
- 半導体・精密機器のクリーンルーム(静電気、異物)
- 食品工場(異物混入防止)
- 金融、コールセンター、個人情報を扱う部署(撮影・録音の防止)
- 学校(生徒への方針上)
- 製造ライン、建設、警備(両手作業と安全確保)
- 防爆区域(防爆仕様でない機器の持ち込み禁止)
- 官公庁・研究機関の機密区域

いずれも、持ち込みを制限する理由には正当性があります。
ここを崩す議論をしても、建設的ではありませんし、そもそも、現場は動きません。「全員がスマホを持てるようにする」というのは、根本的な解決策になりません。

考えるべきは、スマホが手元にない前提で、必要な機能をどう配り直すかです。

2.スマホがない30分で、何が失われるか

1-1.書き出してみると、問題の大きさが見えてきます。

① 情報を受け取れない
緊急地震速報、津波警報、自治体の避難指示。これらはいま、多くの人にとってスマホの通知が唯一の入口です。

② 家族と連絡が取れない
そもそも家族の携帯番号を暗記している人が、どれだけいるでしょうか。
連絡先が電話帳の中にあるということは、番号を知らないのと同じです。
また、LINEでの連絡も、多くの人がスマホです。

③ 会社に安否を返せない
安否確認システムの多くは、個人のスマホにメールやアプリ通知を送り、本人が回答する設計です。スマホがロッカーの中にある人は、この枠組みから抜け落ちます。

④ 帰れない、買えない、家に入れない
交通系ICもモバイル定期券もスマホの中。キャッシュレス決済しか持たない人は、水一本買えません。スマートロックの家なら、玄関も開きません。

⑤ 自分の情報を証明できない
持病、常用薬、アレルギー、血液型。マイナ保険証をスマホに入れているなら、医療にかかる手がかりも一緒に施錠されています。

私たちはこの10年で、防災に必要な機能のほぼ全部を一台に集約しました。
そのうえで、その一台を鍵のかかる箱に入れて働いています。

1-2.最初に確認すべき原則:取りに戻らせない

対策を考えるとき、真っ先に固めておくべきことがあります。

ロッカーへ戻る導線をつくってはいけないということです。

過去の災害で、持ち物を取りに戻って命を落とした事例は繰り返し報告されています。しかも更衣室やロッカー室は、多くの建物で地下や最奥部にあります。
避難とは逆方向です。加えて、固定していないロッカーは揺れで倒れ、通路を塞ぎ、そこにいた人を閉じ込めます。

「スマホを早く取れる仕組み」は対策ではなく、その逆方向です。

取りに行かせない。そのうえで、なくても困らないようにする。
これが出発点になります。

1-3.そもそも預ける必要があるのか ── 電源を切って携帯するという選択

ここで、前提そのものを疑ってみる価値があります。

職場がスマホを禁止している理由は、多くの場合「スマホという物体」ではなく「スマホの機能」です。
撮影、録音、通信、通知による注意の分散。これらはすべて、電源が入っていて初めて成立します。

電源が切れたスマホは、ただの板です。

もし業務中の電源オフを確実に担保できるなら、禁止理由の多くは消えます。そして決定的なのは、災害時に必要なのは「業務中に使えること」ではないという点です。

必要なのは、避難するとき、それが自分の体にあること。
避難場所に着いてから電源を入れれば、それで十分間に合います。仮に、起動に30秒かかっても問題ないですよね。
ロッカーまで戻る数分で、命を落とす危険と比べれば、比較になりません。

副産物もあります。
8時間電源を切っていたスマホは、ほぼ満充電のまま避難できます。ロッカーで放置されて待機電力を消費し続けた端末より、災害後に長く戦えます。

なので、理屈としては、かなり筋が通っているため、導入に時間はかからないと思われます。ただし、そのまま導入すると失敗します。

1-4.「電源オフ」で解決する禁止理由と、しない禁止理由

ここを混ぜて議論すると、話が噛み合いません。自分の職場がどちらなのかを、先に判定してください。

電源オフで解決できる ── 機能に由来する禁止

- 撮影・録音による情報漏洩の防止
- 業務中の私的利用、通知による注意の分散
- 顧客・患者・生徒の前でのマナー
- 通話による作業中断

これらは電源が入っていなければ発生しません。
ここが禁止理由のすべてなら、スマホの電源オフ携帯は成立します。

1-5.電源オフでは解決しない ── 物体に由来する禁止

- 異物混入(食品・医薬品製造):問題は電子機器であることではなく、落下する物体であることです。ネジ、ガラス、電池。電源状態は無関係です

- クリーンルームの発塵:筐体そのものが発塵源です

- 感染管理・清潔区域:スマホの表面は接触感染の媒体になります。電源を切っても滅菌されません

- MRI検査室:磁性体であること自体が危険です。電源とは関係なく、絶対に持ち込めません

- 防爆区域:防爆認定のない電気機器は、電源状態にかかわらず持ち込みを禁じる運用が一般的です。内部短絡やリチウム電池の発熱、スイッチ操作時の火花が問題になるためです

- 精密計測・半導体:帯電の問題は電源オフでも残ります

つまり、電源オフ携帯は万能解ではありません。 適用できる職場と、できない職場があります。判定の基準は「禁止理由が機能由来か、物体由来か」です。この一点を確認するだけで、議論の見通しはかなり良くなります。

1-6.最大の弱点は、検証できないこと

適用可能な職場であっても、実務上の壁がひとつあります。

ロッカー保管には、決定的な長所があります。目で見て確認できることです。スマホがロッカーにあるか、ないか。それだけです。

一方、電源オフは申告です。ポケットの中の端末が本当に切れているかを、管理者が確認する方法はありません。200人の従業員のポケットを毎日検査することはできません。

これは単なる運用の手間ではなく、監査の問題になります。ISO 27001、GMP、金融機関の検査、個人情報保護の枠組み。
いずれも「従業員が電源を切っていると信頼しています」では通りません。
統制は、実証できる形で存在していなければならないからです。

加えて、物理的隔離には意志力を必要としないという強みがあります。体にあるものを使わずにいるのは、意志の問題です。一人が使い、「咎められない」という事実が生じれば、規範は静かに崩れます。

だから、電源オフ携帯を導入するなら、検証可能性をどう作るかが設計の中心になります。

1-7.実効性を持たせる方法

① 封をする

始業時に電源を切り、開封痕の残るシールを貼る、または専用のポーチに封入します。退勤時に開封し、封が破れていれば使用したことが分かります。

コンサート会場や試験会場で使われているロック式ポーチと同じ考え方です。安価で、しかも「目で見て確認できる」という、ロッカー保管の長所をそのまま引き継げます。

災害時はポーチごと持って避難し、避難場所で破って開けます。緊急時の開封を違反としない旨は、規程に明記しておきます。ここを書き忘れると、現場が破るのをためらいます。

② 透明にする

中身が見えるポーチを首から下げる方式です。画面が点いていれば周囲から分かるため、相互の目が働きます。撮影しようとしてもポーチ越しになり、実質的に困難です。

③ 携帯する場所を固定する

「ポケットに入れておいてよい」ではなく、専用のホルダーや腰の袋に入れる、と決めます。取り出す動作が目立つようになり、それ自体が抑止になります。管理者も、ホルダーに収まっているかを目視できます。

④ 区域で分ける

全社一律の運用をやめます。製造ラインでは預け、執務エリアでは電源オフ携帯を許可する。区域ごとに判定するほうが現実的です。

このとき、預け場所を更衣室ではなく作業区域の入口に移すことを併せて検討してください。避難経路に近づくため、前節で述べた「戻らせない」原則との相性が良くなります。

⑤ 規程の言葉を書き替える

多くの社内規程は「携帯禁止」と書かれています。しかし本来の目的は、撮影や漏洩の防止、つまり使用の禁止です。手段が目的にすり替わっている状態です。

「使用禁止」に書き替え、違反の定義を「電源が入っていたこと」「使用したこと」に置き直します。あわせて、災害時の電源投入を違反としない免責条項を入れます。

⑥ 会社が端末を貸与するという選択

電源オフ議論の代替として、有力な手段です。

カメラのない端末、あるいはMDMでカメラと録音を無効化した会社支給の端末を携帯させます。これなら電源を入れたままでよく、緊急速報を受け取れます。私物は預け、業務端末を身につける。禁止理由が撮影・録音に限られる職場では、最も筋の通った解になります。

⑦ 記録を残す

封印の実施ログ、抜き打ち確認の記録、教育の記録。監査で説明できる形にしておかないと、せっかくの運用が「統制なし」と判定されます。

1-8.電源オフ携帯でも、解決しないことがある

最後に、これは強調しておきたい点です。

電源が切れているあいだ、緊急地震速報は受け取れません。

ロッカーに預けていても受け取れないので後退ではありませんが、「携帯できたから情報は届く」わけではないのです。館内一斉放送や受信端末の整備は、電源オフ携帯を導入しても必要なままです。

もうひとつ。避難場所で電源を入れてから、起動してパスコードを入れ、通信を掴むまでには時間がかかります。これは訓練で一度体験しておく価値があります。焦っている状況で、自分の端末が何秒で使える状態になるのかを知っておくことです。

電源オフ携帯は、「避難時に体にある」という一点を解決する手段です。そこを取り違えないことが大切です。

3.職場としての対応

1. 情報が届く経路を、個人の端末から切り離す

最優先は、緊急地震速報を館内に一斉に流す仕組みです。受信端末を非常放送設備に連動させれば、誰がスマホを持っているかに関係なく、全員に同時に届きます。個人の通知に依存した情報伝達をやめる、という発想の転換です。

あわせて確認すべき点があります。

- 非常放送は停電時に使えるか(非常電源の有無と稼働時間)
- 放送が届かない場所はどこか(機械室、冷蔵庫内、屋外ヤード、地下)
- 騒音下やイヤーマフ着用者に届くか
- 聴覚障害のある従業員に届くか(回転灯、電光表示、フラッシュ、振動)
- 手回し・乾電池ラジオが各フロアにあるか

放送設備が止まったときの最終手段は、拡声器と人の声です。誰が、どこで、何を叫ぶのかまで決めておきます。

4.「持ち出す」のではなく「避難先に置く」

ロッカーから持ち出す前提を捨てます。避難経路上、または避難場所側に、最小限のものを置いておく設計に切り替えます。

各部署の出口付近に、部署単位の箱をひとつ。中身は後述します。個人が走って取りに行くものではなく、最後に出る人が持ち出す、あるいは避難場所にあらかじめ置いておくものです。

5.安否確認の設計を組み替える

点呼は紙で完結させる。避難場所での人数確認と名簿照合を、通信に一切依存しない形で成立させます。当日の出勤者名簿を、紙で誰が持ち出すかまで決めます。

家族からの問い合わせ窓口を、先に公表しておく。従業員から家族へ連絡できないなら、家族から会社へ問い合わせる経路を用意します。その番号を、従業員の家族が事前に持っていることが条件です。入社時や年度初めに配る紙に載せておきます。

会社から家族へ連絡する体制も検討する。緊急連絡先を預かっているなら、安否を会社側から伝えることができます。個人情報の取り扱いを整理しておく必要はありますが、通信が片方向でも成立する数少ない方法です。

6.ロッカーそのものを点検する

見落とされがちですが、ここは物理的な安全の問題です。

- ロッカーは壁や床に固定されているか(転倒すると通路を塞ぐ)
- 上に物を置いていないか
- 更衣室の位置は避難経路から見てどこか
- 電気錠は停電したときに開くのか、閉じたままか(製品によって設計が逆です。必ず仕様を確認してください)
- ダイヤル錠は暗闇で開けられるか
- 就業中は施錠しない運用にできる区域はないか

7.ルールを明文化して、迷いを消す

「災害時はスマホを持ち出してよいのか」を現場が迷う数秒が、避難を遅らせます。

書くべきは、手元にあれば持って出てよい。取りに戻ってはいけないという一文です。あわせて、情報セキュリティ規程の側にも、避難時の携帯を違反としない旨を明記しておきます。現場が規程違反を恐れて判断を止める事態を防ぐためです。

8.訓練を「スマホなし」でやる

これが決定的です。

避難訓練でスマホを持っていたら、何が欠けるのか永遠に気づけません。ロッカーに預けたまま訓練を実施すれば、「家族の番号が分からない」「安否確認に答えられない」「時刻が分からない」という欠落が、その場で全員に見えます。

対策のリストを配るより、一度これをやるほうが早いです。

9.スマホを補完する ── 具体的な手段

紙のカード ── 費用対効果が最も高い

社員証の裏、または名札ケースに入る紙一枚。これが最も安く、最も効きます。

記載する内容は次のとおりです。

- 家族の氏名と携帯番号
- 遠方に住む親族の番号(被災地内は繋がりにくく、遠方経由のほうが通じやすい)
- 家族と決めた集合場所(第一・第二)
- 血液型、アレルギー、常用薬、既往症
- 勤務先の緊急連絡先
- 災害用伝言ダイヤル171の使い方(手順を書いておく)
- 自宅最寄りの避難所名

狙いは明確です。スマホがなくても、公衆電話と小銭があれば安否確認ができる状態にする。それだけのために、紙一枚を身につけておきます。

10.公衆電話を「使える」状態にしておく

公衆電話は電話局から給電されるため、停電中でも使えるものがあります。スマホが手元にない人にとって、これは現実的な生命線です。

- 事業所周辺の公衆電話の位置を印刷して掲示する(NTTが設置場所を公開しています)
- 構内の固定電話がどこにあるか、全員が知っているか確認する
- 10円玉を用意する。名札ケースに数枚入れておくだけでも意味があります
- 171の手順を紙で持つ

11.部署ごとの緊急箱(避難経路上に設置)

- 小型ライト(人数分)
- ホイッスル
- 現金(小銭と千円札)
- 紙の出勤者名簿と筆記具
- 乾電池または手回しラジオ
- 常用薬について、本人が管理できる仕組み(1〜2日分を身につける運用が現実的)

12.名札とストラップを多機能にする

反射材付きのストラップ、笛付きのホルダー、カードケースに小銭。日常的に首から下げているものに機能を持たせるのが、いちばん確実に「身についている」状態を作ります。

13.デジタル依存の棚卸しを、従業員側でもやる

これは会社が命令することではありませんが、注意喚起の価値があります。

- 現金を少額でも持ち歩く
- マイナ保険証だけに頼らない
- 家族の番号を紙に書く
- スマホがないと自宅に入れない状態を避ける

「スマホがロッカーにある」という状況は、「電車に乗れず、買い物ができず、家に入れない」とほぼ同義になりつつあります。この一極集中を自分で少し崩しておくことが、そのまま備えになります。

14.家族側の準備

見落とされやすいのですが、この問題は家族にも共有しておく必要があります。

「勤務中は連絡がつかない時間がある」ことを、あらかじめ家族の共通認識にしておく。これが最も重要です。返信がないことを、最悪の想定と結びつけないための事前合意です。

そのうえで、家族には次を伝えておきます。

- 連絡が取れない時間帯があること
- 会社の建物から、どこへ避難する予定か
- 会社への問い合わせ先
- 何時間返信がなくても、それは無事と矛盾しないこと

15.提言

ここまでは各職場でできることですが、制度の側にも動いてほしい部分があります。

一、避難訓練の要件に「通信手段を持たない状態での実施」を含めること。
現在の訓練は、全員がスマホを持っている前提で成立してしまっています。

二、スマホの持ち込みを制限する職場には、代替の情報伝達手段の設置を求めること。 制限する側に、代わりの経路を用意する責任を紐づける考え方です。

三、企業のBCPチェックリストに、「従業員本人が通信手段を持たない時間帯の情報伝達」という項目を明記すること。
現行のBCPは、通信インフラの断絶は想定していても、従業員と端末が物理的に分離している状態を想定していません。

四、業種別のガイドラインを整備すること。クリーンルーム、医療、食品製造では、制約の内容が異なります。汎用的な指針では現場に落ちません。

五、自治体が事業所向けに、防災カードの様式を配布すること。 各社が独自に作るより、様式が共通化されているほうが、家族にも救護側にも読み取りやすくなります。

六、社内規程の「携帯禁止」を「使用禁止」に見直すこと。目的は撮影や漏洩の防止であって、所持そのものの禁止ではありません。手段が目的化した条文が、避難時に従業員から通信手段を奪っています。禁止理由が機能に由来する職場では、封印方式などの検証可能な運用に置き換える余地があります。

七、各種認証・監査の基準側で、封印方式などの代替統制を明示的に認めること。 現状、「ロッカー保管」以外の方法をとると監査で説明が難しくなるため、現場は最も検証しやすい方法を選ばざるを得ません。認証基準の側が代替手段を例示すれば、企業は防災と両立する運用を選びやすくなります。

まとめ

スマホは、防災の道具として極めて優秀です。だからこそ私たちは、警報も連絡先も決済も身分証も、すべてそこに移しました。

その結果、鍵のかかる箱がひとつあるだけで、備えの全体が止まる構造ができました。

対策の方向は、スマホを取り戻すことではありません。必要な機能を、いくつかの場所に分けて置いておくことです。

そしてもうひとつ。自分の職場の禁止理由が「機能」に由来するものなのか、「物体」に由来するものなのかを、一度確かめてみてください。前者であれば、電源を切って身につけるという道が残っている可能性があります。「携帯禁止」と書かれた一行が、本当に必要な制約なのかを問い直すところから始まります。

紙一枚と10円玉。まずはここからでも、状況は確実に変わります。

---

※ 本コラムは一般的な備えの考え方を紹介するものです。各職場の制約や設備は状況が異なりますので、具体的な運用は所属先の安全衛生担当者・防火管理者にご相談ください。緊急時は、気象庁および自治体の公式発表に従ってください。