防災コラム #情報

「地震のときはガソリンスタンドへ」は本当に正しい発信か  ― 善意の情報拡散が見落としている視点 ―

2026/08/13

SNSや車雑誌の記事で、「大地震のときはガソリンスタンドが安全だから避難先として覚えておこう」という情報がたびたび拡散されます。消防法による厳しい耐震・耐火基準、阪神・淡路大震災での被害の少なさ、東日本大震災での支援実績――これらは事実であり、否定するものではありません。

しかし、この情報を「避難場所」として無条件に発信することには、見落とされがちな重要な視点がいくつかあります。発信者の方々に、あらためて考えていただきたい点を整理します。

1. 「耐震性が高い」と「避難場所である」は別の話

ガソリンスタンドの建物や地下タンクが構造的に頑丈であることは事実です。しかし、それは「倒壊しにくい」ということであって、自治体が指定する「避難場所」「避難所」とは制度上まったく別のものです。

避難場所・避難所は、災害対策基本法に基づき市町村が指定し、収容人数、物資、運営体制、開設・閉鎖の判断まで含めて計画されています。一方、ガソリンスタンドはあくまで民間の営業施設です。「頑丈だから避難先」という論理は、公民館や学校のような制度的な裏付けを持つ避難場所と、同列に語ってよいものではありません。

2. ガソリンスタンドの本来の使命は「給油」であり「収容」ではない

災害時にガソリンスタンド、特に「住民拠点SS」に期待されている最大の役割は、緊急車両や地域住民への燃料供給を止めないことです。実際、過去の震災では停電時の手動給油によって給油待ちの長い行列や渋滞が繰り返し発生してきたことが、政府広報でも指摘されています。

もしここに「避難先」として大勢の人が押し寄せた場合、本来もっとも優先されるべき燃料供給業務がかえって圧迫されかねません。給油を待つ緊急車両や、遠方への避難・救援のために燃料を必要とする人々よりも、一時的な雨風しのぎを求める人々が敷地を占有してしまう構図は、防災上望ましいとは言えません。

3. 「一時的な退避場所」と「避難場所」を混同させるリスク

災害対策の専門資料を見ると、ガソリンスタンド自体のガイドラインでも、揺れが収まった後にいつまでもとどまることは想定されておらず、状況に応じて指定避難場所へ移動することが前提とされています。つまり業界側も「一時的な退避先」という位置づけであり、「目的地」としての避難場所ではないのです。

ところが、SNSや記事の見出しだけを見た人は「地震が起きたらガソリンスタンドに行けばいい」という単純化した理解をしてしまいがちです。この誤解が広がると、本来最初に確認しておくべき「自分の住む地域の指定避難場所はどこか」という最も基本的な備えがおろそかになる危険があります。

4. 全てのガソリンスタンドが同じ機能を持つわけではない

「住民拠点SS」に指定されているのは全国のガソリンスタンドの半数弱に留まります。自家発電設備がなく、停電時には給油自体ができなくなる一般のスタンドも数多く存在します。また、緊急車両を優先する「中核SS」では一般車両への給油自体が制限されます。

「ガソリンスタンドは安全」という一般論を、個別の状況を確認せずに拡散することは、実際にはその場所が機能していない可能性を考慮しない、不正確な情報発信になりかねません。

5. 「そこへ向かう」という行動そのもののリスク

地震発生直後、道路状況や周辺建物の被害は不明です。この段階で「ガソリンスタンドまで移動しよう」という行動を促すことは、倒壊物や火災、渋滞、交通事故のリスクにあえて身をさらすことにもなりえます。多くの防災の基本は、まず「今いる場所での安全確保」であり、特定の施設を目指して移動することを最初の行動指針として広めるのは、優先順位として適切とは言えません。

発信者の皆さんへ

ガソリンスタンドが持つ耐震性や、災害時の給油拠点としての重要性を伝えること自体は、意義のある情報発信です。しかし、それを「避難場所」という言葉で語ることには、制度上の位置づけのズレ、給油機能への圧迫、行動誘導のリスクなど、見過ごせない副作用があります。

情報を広める際には、
「避難場所」ではなく「一時的な退避先になりうる」という正確な表現を用いること
あくまで自治体指定の避難場所を優先し、その所在を日頃から確認するよう促すこと
ガソリンスタンドの本来の役割(燃料供給)を尊重し、そこに過度な期待を集中させないこと

といった配慮が必要ではないでしょうか。善意の情報発信が、かえって防災上の優先順位を歪めてしまわないよう、発信の言葉選びには慎重さが求められます。

追記】「国が指定しているから安全」という論理の落とし穴

内閣府や資源エネルギー庁が「住民拠点SS」の整備を進め、防災協力を制度化していることは事実です。ここには、災害時の燃料供給を止めないという明確な政策目的があります。しかし、この制度の存在をもって「だから避難先として安全だ」と結びつけるのは、論理の飛躍です。この制度そのものに、見落とされている前提が二つあります。

想定されているのは「平常時の火災」への耐性であり、「巨大地震そのもの」への絶対的な安全性ではない

ガソリンスタンドの耐震・耐火基準は、消防法という平常時の危険物規制の枠組みの中で作られたものです。想定されているのは、周辺で火災が発生した場合に地下タンクへ引火しないこと、通常規模の地震動に耐えることであり、「あらゆる巨大地震に対して施設が無傷であること」を保証する基準ではありません。

実際、2024年の能登半島地震では、一部のガソリンスタンドで損傷が確認され、営業再開のために安全点検や修理が必要になった例が報告されています。「阪神・淡路大震災以降、致命的な被害は出ていない」という実績は貴重な参考情報ですが、それは「今後も絶対に安全」という保証にはなりません。想定を超える揺れ、地盤の液状化、隣接する建物や車両からの延焼、配管の破損など、基準が想定しきれていない事象が重なったときに何が起こるかは、本来もっと慎重に議論されるべきテーマです。防災の議論において「これまで大丈夫だったから今後も大丈夫」という帰納的な安心感だけで結論を出すことには、慎重であるべきでしょう。

「危険物を保管する場所に人を集める」というリスクそのものが議論されていない

住民拠点SSの制度が主眼としているのは、あくまで「災害時にも燃料供給を止めない」という燃料インフラの維持です。この制度設計の中で、「不特定多数の避難者をその場に集めることの是非」自体は、正面から検討された形跡が見当たりません。

ガソリンスタンドは、その定義上、大量の引火性危険物を保管する施設です。平常時においてすら、給油中のエンジン停止や静電気対策など、厳格なルールのもとで初めて安全が保たれている場所です。地震発生直後は、施設側の設備が本当に無傷か、地下タンクや配管に微細な損傷が生じていないかを、その場で確認する術はありません。そうした「安全性が未確認の危険物施設」に、多数の避難者が自主的に、あるいは情報発信に誘導される形で集まってくるという状況を、制度は積極的に想定し、リスク評価をしているわけではないのです。

もし本当に「想定外」が起きた場合、危険物を扱わない公民館や学校に人が集まっているケースと、危険物施設に人が集まっているケースとでは、リスクの性質そのものが異なります。この非対称性について、「国が拠点として指定している」という事実だけで説明を済ませてしまうのは、片手落ちと言わざるを得ません。

まとめ

住民拠点SSの制度は、「災害時の燃料供給を止めない」という目的においては合理的で重要な取り組みです。しかしこの制度は、「人々の避難先としての安全性」を保証するために設計されたものではありません。国や業界団体による指定という事実を、避難行動を呼びかける根拠としてそのまま転用することには、想定外事象への備えの甘さと、危険物集中というリスクの見落としという、二重の問題があることを、発信する側は理解しておく必要があります。

本記事は、ガソリンスタンドの安全性そのものを否定するものではなく、「避難場所」という表現で発信されることの制度的・実務的な問題点を指摘するものです。実際の避難行動については、お住まいの自治体が指定する避難場所・避難所の情報を必ずご確認ください。