防災コラム #備え

【深部体温を制する者が、夏を制する】 ープレクーリング・暑熱順化・緊急冷却の科学ー

2026/08/09

熱中症対策といえば「水分補給」「日陰で休む」。それは正しいのですが、もう一段深いところに、本質があります。

深部体温です。

体の内部の温度。通常は36.5〜37.5℃で保たれています。この数字が40℃を超えると、体温調節の仕組みそのものが壊れ、意識障害や臓器障害に至ります。

熱中症とは、深部体温をめぐる戦いです。

1、暑熱順化 ── 体を作り替える
【何が起きるのか】
繰り返し暑さにさらされると、体は適応します。この変化を暑熱順化といいます。

起きるのは、こういうことです。

・汗をかき始めるまでの時間が短くなる(汗腺の感度が上がる)
・汗の量が1.5〜2倍に増える
・汗に含まれる塩分が減る(電解質を節約する)
・血液中の血漿量が増える(循環に余裕ができる)

汗は、かけばかくほど良いわけではありません。塩分の薄い汗を、早く、たくさんかける体が、暑さに強い体です。

何日かかるのか

適応の種類によって、時間軸が違います。

変化            日数
心拍数の低下・血漿量の増加 3〜5日
発汗反応の改善       5〜7日
深部体温の低下       7〜10日
汗中塩分濃度の低下     10〜14日

完成には10〜14日。深部体温が下がるまでには、1週間以上かかります。

そして、驚くほど早く失われます
鍛練を中止すれば7〜10日で元の状態に復帰する(久野、1968年)
現代の研究でも、約1週間で効果が半減、3〜4週間でほぼ完全に消失することが確認されています。

【お盆休みが危ないのは、このためです」
冷房の効いた室内で数日過ごすと、順化は薄れます。休み明けに現場へ戻った日、体は7月の初めに戻っています。

どうやるか

日本気象協会が示す目安です。

・ウォーキング 30分・週5日

・ジョギング 15分・週5日

・サイクリング 30分・週3回

・入浴(シャワーだけで済ませない)

汗ばむ程度で十分です。追い込む必要はありません。急激に負荷をかけると、順化する前に熱中症になります。
維持には週1〜2回。 一度作ったら、夏の間は途切れさせないことです。

2、暑さ指数(WBGT)── 気温を見ても意味がない
7割は湿度で決まります

WBGTは、三つの要素から計算されます。

要素      割合
湿度      7割
日射・輻射   2割
気温      1割

気温の影響は1割しかありません。
だから「32℃だけど湿度が高くて危険」「35℃だが風が通って指数は低い」ということが起きます。

汗は、蒸発するときに熱を奪います。湿度が高いと蒸発しない。汗が流れ落ちるだけで、体は冷えません。 これが無効発汗です。

基準
WBGT   区分     運動
31以上  危険     原則中止
28〜31  厳重警戒   激しい運動は中止
25〜28  警戒積    極的に休憩
21〜25  注意     水分補給を

33以上で熱中症警戒アラートが発表されます。
日本陸上競技連盟は31以上で原則中止・中断。さらに2026年度からは「7月・8月は、確実に31度未満にならない限り競技会を開催しない」としています。

日本サッカー協会も、公式戦で31度超なら中止を義務づけています。

同じ市内でも別物です

日なたのアスファルトと木陰。**「今日は何℃か」ではなく「いま自分がいる場所はどうか」**で判断してください。

3、プレクーリング ── 始める前に冷やす
【発想の転換】
熱くなってから冷やすのではなく、熱くなる前に下げておく。
深部体温には「上限」があります。あらかじめ下げておけば、上限に達するまでの時間が伸びます。
グラフで言えば、スタート地点を下げることで、上昇カーブが上限に届くのを遅らせる。それがプレクーリングです。
内部から冷やす ── アイススラリー

細かい氷の粒子が液体に分散した飲み物です。シャーベット状のスポーツドリンクと思ってください。

なぜ効くのか。氷が水に変わるとき、大量の熱を奪うからです(融解潜熱)。同じ量の冷水より、はるかに大きく冷やせます。

流動性があるので、胃までスムーズに届きます。塊の氷では、こうはいきません。

電解質入りのものを選べば、冷却と水分・塩分補給を同時にできます。

⚠️一度に大量に摂らないでください。 下痢などの胃腸の不調や頭痛を引き起こすことがあります。

外部から冷やす

・アイスパック、アイスタオル
・手のひら・足の裏・頬の冷却(AVA血管が集まり、効率よく熱を逃がせます)
・冷水シャワー
・送風

甲子園で実際に行われていること

日本高野連の対策が、そのまま実践例になります。

・5回終了後に8分間のクーリングタイム

・冷房のあるベンチ裏で、理学療法士が体温測定・着替え・首や手のひらの冷却・アイススラリー補給

・第1試合のチームには補食を提供(エネルギー不足による熱中症を防ぐため)

・ベンチ裏に子ども用プールを設置し、いつでも水を浴びられるように

「小休止のかわりに、いつでも飲みたい時に給水を良しとしている」という学校の報告もありました。
「決められた時間に飲む」から「飲みたいときに飲む」へ。この転換は、現場で真似できます。

4、緊急時 ── 冷水浸漬(CWI)
ここからは、命がかかった場面の話です。

見分け方

熱射病(重症)を疑うのは、この三つが揃ったときです。

1.深部体温 40℃以上

2.中枢神経の障害(呼びかけに反応しない、まっすぐ歩けない、けいれん、言動がおかしい)

3.暑い環境にいた
「自力で水が飲めない」は、素人にも分かる決定的なサインです。

Cool First, Transport Second
【冷却が先、搬送はそのあと】
これが国際的に推奨されているスローガンです。救急車を待つ間、何もしないのが最悪です。

30分ルール

深部体温が40.5℃以上なら、氷風呂(2〜13℃)に浸漬させ、倒れてから30分以内に体温を39℃まで下げる

目標は「30分以内に40℃未満」。 これを達成できるかどうかで、生死と後遺症が変わります。

実際の成果

米国のファルマス・ロードレースでは、倒れてから約2分以内にCWIを実施。治療を受けた人の93%が、病院に行くことなくその場から帰宅しています。
誤解を解いておきます
かつて「急に冷やすと危険」と信じられていました。末梢血管が収縮して、かえって冷えないのではないか、と。

これは誤解です

正常体温の人を冷水に入れた場合と、高体温の人を入れた場合では、体の反応が違います。高体温での浸漬では震えは観測されず、冷たさへの訴えもなかったと報告されています。

やり方

顎まで冷水に浸ける(米国心臓協会のガイドライン)

浴槽がなければ、ブルーシートや大きな袋に水と氷を入れて即席の浴槽を作る方法があります。終了時は袋の下の角を切れば、簡単に排水できます。

深部体温39℃で終了します。冷やしすぎは低体温症を招きます。

現場で、その場でできること

浴槽も氷もない場合。

1.涼しい場所へ移す(日陰、冷房のある室内、エンジンをかけた車内)

2.服をゆるめ、水をかけて扇ぐ(蒸散冷却)

3.首の両側、脇の下、太もものつけ根を冷やす(太い血管が通っている)

4.意識がなければ、水を飲ませない(気管に入ります)

5.119番

⚠️応急処置をしても改善しない、自力で水が飲めない。この二つが、救急車を呼ぶ目安です。

5、まとめ ── 三段構えで考える
ーーーーーーーー
【平時】暑熱順化
10〜14日かけて体を作る。
週1〜2回で維持する。
1週間離れると半減する。

直前】プレクーリング

アイススラリーで内側から。
手のひら・首・脇の下を外側から。
熱くなる前に、下げておく。

緊急】冷水浸漬

Cool First, Transport Second.
30分以内に39℃まで。
自力で水が飲めなければ119番。
ーーーーーーーーーーー
そして、すべての前提にWBGTがあります。

31以上は危険。気温ではなく、暑さ指数を見る。

最後に

熱中症は、唯一「予防できる」災害かもしれません。
地震は予知できません。台風は進路を変えられません。しかし熱中症は、順化しておけば、冷やしておけば、指数を見ておけば、多くを防げます。
それでも、毎年多くの方が亡くなっています。
2026年7月28日から8月3日の1週間で、熊本県内の熱中症搬送は324人。被災地で車中泊をされていた女性が、亡くなっています。
知識があれば救えた命が、確かにあります。

この記事が、そのひとつのいのちを救えたら。

出典

深部体温・プレクーリング

日本生気象学会「アイススラリー摂取時の環境温度の違いが深部体温に及ぼす影響」
https://seikishou.jp/column/column-2172/
大正製薬「アイススラリーとは?運動する人におすすめの熱中症対策」
https://brand.taisho.co.jp/contents/sports/489/
すこやか薬局「深部体温を下げる!新たな熱中症対策『プレクーリング』」
https://sukoyaka.cc/column/column-6410/
Lab BRAINS「夏は身体を体内から冷やす:アイススラリーで熱中症予防」
https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2025/09/78816/
暑熱順化
日本気象協会 熱中症ゼロへ「暑熱順化」
https://netsuzero.jp/learning/le15
スポーツ安全協会「暑さに慣らす『暑熱順化』を始めよう」
https://sportsanzen.org/spoanlabo/heat_adaptation.html
スポーツ気象Labo(ウェザーニューズ)「暑熱順化の獲得と消失」
https://sportsweather-labo.wni.com/heatstroke/heat-acclimation-and-its-decay/

全日本剣道連盟「暑熱順化」
https://kendo.or.jp/knowledge/medicine-science/heatadaptability/

診療ガイドライン・緊急冷却
日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024」
https://jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf
日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2015」(厚生労働省掲載)
https://mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/heatstroke2015.pdf
日本救急医学会 熱中症に関する委員会(環境省サイト掲載資料)
https://wbgt.env.go.jp/pdf/library/library_10.pdf
JEMTA日本救命協会「労作性熱中症のファーストエイドと初期治療:冷水浸漬法(CWI法)」
http://jemta.sblo.jp/article/180717041.html
暑さ指数(WBGT)
環境省 熱中症予防情報サイト
https://wbgt.env.go.jp
実践例

日本高等学校野球連盟「深部体温を下げて熱中症を防ごう!!」
https://jhbf.or.jp/heatillness/