第一章
今年、太平洋で何が起きているのか
気象庁は2026年6月10日、「2026年春からエルニーニョ現象が発生しているとみられる」と発表しました。
約2年ぶりの発生です。5月のエルニーニョ監視海域(太平洋赤道域東部)の海面水温は基準値を1.2℃上回り、貿易風の弱まりなど、大気の側にもエルニーニョ特有の兆候が現れ始めていました。気象庁は、この現象が秋にかけて続く確率を100%と見込んでいます。
エルニーニョ現象とは
太平洋赤道域の日付変更線付近から南米ペルー沖にかけて、海面水温が平年より高い状態がおよそ1年続く現象を指します。通常、この海域では東から西へ吹く貿易風が暖かい海水をインドネシア側へ押し流し、南米沖では深層から冷たい海水が湧き上がっているます。ところが何らかの原因で貿易風が弱まると、西に溜まっていた暖水が東へ広がり、東部太平洋の水温が上昇します。これがエルニーニョ現象です。
エルニーニョ現象の何が問題かと言うと、海で起きる現象ですが、積乱雲の発生場所や偏西風の流れを大きく変えるため、気候への影響は地球全体に及びます。
「2026年エルニーニョ現象」の特徴 ー「強さ」ー
世界気象機関(WMO)は6月の見通しで、少なくとも中程度、場合によっては強いエルニーニョに発達する可能性が高いとしていました。11月まで継続する確率を90%前後と評価し、海洋研究開発機構(JAMSTEC)や米海洋大気局(NOAA)の予測モデルの中には、監視海域の水温偏差が2℃を超える「スーパーエルニーニョ」に発展するシナリオを示すも機関もあります。1997〜98年や2015〜16年に匹敵する、あるいはそれを上回る規模になる可能性も指摘する専門家もいます。
第二章
各国への影響――「乾く地域」と「溢れる地域」
エルニーニョが世界を「乾く地域」と「溢れる地域」に二分する
1.東南アジア・オセアニアでは干ばつが最大の懸念となる可能性
インドネシア、フィリピン、オーストラリアでは降水量が減り、水資源の逼迫、農業被害、そして森林火災のリスクが高まる恐れがあります。過去のエルニーニョでは、インドネシアの泥炭火災による煙害(ヘイズ)が周辺国の社会経済活動を麻痺させた事例もあります。インドや東南アジア大陸部では㊟1モンスーンの雨が弱まる傾向があり、すでにその兆候が観測され始めているとの報告もあります。
2.南北アメリカでは明暗が分かれる
ペルーやエクアドルの沿岸部では豪雨と洪水のリスクが上がる一方、アマゾン流域やブラジル北部は乾燥が進むという予測があります。世界資源研究所(WRI)は、南米の森林火災は2026年後半から増え、雨季の降水不足が響く2027年後半にアマゾンで記録的な火災が起きる恐れがあると警告しています。米国では冬に南部が多雨・低温、北部が高温となる典型パターンが見込まれ、大西洋のハリケーンは抑制される一方、太平洋のハリケーンは活発化しやすいという予測モデルを発表しています。
3.アフリカの明暗
アフリカでは、南部が干ばつ、東部(アフリカの角周辺)が豪雨・洪水という対照的な影響を受けやすいと予測されています。もともと食料不安を抱える地域が多く、欧州委員会共同研究センター(JRC)は、東アフリカや中米の「乾燥回廊」などで、既存の紛争や避難民問題に気候ショックが重なり、人道危機が深刻化するリスクを指摘しています。
4.食糧市場への波及
JRCの分析では、デュラム小麦の国際価格はエルニーニョの強度が増すにつれ大きく上昇すると予測され、トウモロコシも小幅な値上がりが見込まれるとしています。一方で大豆や一部の小麦は下落するなど、作物の種類と産地によって影響の方向は異なるといいます。日本のように食料の多くを輸入に頼る国にとって、世界の作柄の変動は他人事ではありません。
第三章
日本への影響――「エルニーニョ=冷夏」はもう通用しない?
教科書的には、エルニーニョ発生時の日本は太平洋高気圧の張り出しが弱まり「冷夏・暖冬」になりやすいとされています。実際、過去の事例では、1993年には記録的な冷夏でコメが大凶作となり、タイ米の緊急輸入に至った歴史があります。
しかし近年、この定説は崩れつつあります。前回エルニーニョが発生した2023年の夏、日本の平均気温は平年を1.76℃上回る記録的な高温・猛暑となりました。地球温暖化による底上げが、エルニーニョの冷夏効果を打ち消してしまう例です。今年についても気象庁は、エルニーニョ発生を織り込んだ上で全国的に高温となる可能性が高いと予想しています。
「エルニーニョなのに猛暑」これが、これからの日本の現実です。
さらに警戒すべきは台風です。エルニーニョ時は台風の発生位置が平年より南東にずれ、日本に到達するまでの海上の距離が長くなるため、発達しやすく、また、強い勢力を保ったまま接近しやすいのです。スーパーエルニーニョだった2015年には、台風の影響で「平成27年9月関東・東北豪雨」が発生し、鬼怒川の堤防決壊など甚大な被害が出ました。
猛暑と豪雨・勢力の強い台風が同時に襲う――それが2026年夏に想定されるシナリオです。
第四章
今後の懸念――地球の気温は「もう一段」上がる
エルニーニョの年とその翌年は、海から大気へ放出される熱によって地球全体の平均気温が押し上げられるという観測記録があります。観測史上最も暑い年の多くはエルニーニョの年かその翌年なのです。
WMOのサウロ事務局長は、2023〜24年の前回事例が記録的な世界気温の一因になったことを挙げ、今回も熱波や海洋熱波のリスクが高まると警鐘を鳴らしています。また、JRCは、熱帯・亜熱帯の異常高温が2026年9月頃から強まり、2026年12月〜2027年2月にピークを迎え、2027年春まで続くと予測しています。
今回のエルニーニョが強く発達すれば、2026〜27年に世界の年平均気温が再び記録を更新する可能性は十分にあります。
第五章
対策――「予測できる災害」だからこそ、先手を打てる
ここまでネガティブな内容ばかりでしたが、ここからはポジティブな話に切り替えます。
エルニーニョ現象は、地球上で最も予測可能性が高い気候現象のひとつです。数か月先の傾向が見通せるということは、政府や自治体、企業、個人が「先回りして備える」時間があるということです。
実際、国際人道支援の分野では、国連WFP(世界食糧計画)などが災害発生前に資金を投入して物資を事前配置する「予測型支援(anticipatory action)」の枠組みにより、エルニーニョ予測を起点に動き始めています。
国連WFPによる2026年の予測型支援実施国
1月 ニジェール・エクアドル
2月 マダガスカル・ペルー・エチオピア・モザンビーク
3月 中米(グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア)
4月 バングラデシュ
5月 チャド・南スーダン・ウガンダ・モーリタニア
※WFP世界食糧計画HPより抜粋
https://www.wfp.org/
私たちにできること
まず熱中症対策として、室内の温度管理と水分補給の習慣化、高齢者や屋外作業者への声かけを徹底することが望まれます。豪雨・台風への備えとしては、ハザードマップで自宅の浸水・土砂災害リスクを再確認し、避難経路と非常持ち出し袋を点検しておきましょう。農業関係者は高温に強い品種の選定や灌漑設備の見直しを!
企業は電力需給や物流の混乱を想定した事業継続計画(BCP)の確認を今のうちに進めておく必要があります。
そして何より、気象庁のエルニーニョ監視速報や季節予報をこまめに確認し、最新の見通しに応じて備えを更新していくことが私たちの責務となります。
海の向こうで始まった水温の異変は、数か月かけて世界の空を変え、私たちの食卓や家計、そして命に関わる災害リスクにまで波及します。
エルニーニョは「遠いペルー沖の話」ではありません。
AI気候予測モデルという大きな武器を手にした人類は、それをどう活かし備えに変えるかが今、問われています。
㊟1
モンスーンとは
季節によって風向きがほぼ逆になる「季節風」のことです。ユーラシア大陸などの大きな陸地と海の温度差によって発生し、夏は海から陸へ湿った風(雨季)が、冬は陸から海へ乾いた風(乾季)が吹くのが特徴です。
https://mapup.jp/glossary/118
参考資料:気象庁「エルニーニョ監視速報No.405」(2026年6月10日)、世界気象機関(WMO)El Niño/La Niña Update、欧州委員会共同研究センター(JRC)報告書、世界資源研究所(WRI)ほか