防災コラム #情報

「暑くない」と言い張る人をどう守るか ―― 高齢者の機能低下へのアプローチ

2026/07/11

 熱中症で亡くなる高齢者の多くは、屋外で倒れているのではありません。自宅の一室で扇風機すらついていない状況で、静かに命を落としています。「なぜエアコンをつけなかったのか」と嘆くご家族の声は後を絶ちません。
答えは、「本人が暑いと感じていなかった」という実態があります。

 熱中症予防の呼びかけは「自分で危険を察知し、自分で行動する」ことを前提にしていますが、まさにその前提が保てない人こそが、最も危険なのです。

なぜ高齢者は「暑さを感じない」のか  
◆意志ではなく身体の問題◆

 まず理解すべきなのは、「エアコンをつけない高齢者」を単なる頑固さや我慢の問題として片付けてはいけない、ということです。加齢に伴い、体温調節に関わる複数の身体機能が衰えるという事実から認識する必要があります。
3つに分けて説明します。

1.皮膚にある温度センサーの感度が落ちる
 加齢によって皮膚の温度センサーの感度が弱まると、暑さや寒さが脳に正確に伝わらず、体温調節のための行動につながらなくなります。猛暑の日に「そんなに暑くない」と本人が感じていても、身体は実際には熱中症寸前という状態が起こるのです。これは嘘でも強がりでもなく、感覚器の機能低下なので本人は自覚できません。

2.熱を逃がす能力が落ちる
 通常は体に熱がたまると、発汗や皮膚の血流量を増やして熱を放出しますが、歳を重ねると汗腺が小さくなり血液量も減少(血圧低下)、するため、放熱作用が弱まり体温が下がりにくくなります。

3.脱水しやすくなる
 高齢になると喉の渇きを感じる機能や保水力も低下するため脱水状態になりやすく、一般成人の体内水分量の平均が体重の約60%(男性約60%・女性約55%)なのに対し、高齢者は、筋肉量や細胞内の水分が減るため約50%にまで低下するとされています。
喉が渇かないので水を飲まず、気づかぬうちに脱水が進むというプロセスを辿ります。

 この三つが重なると何が起こるか。
体温は自覚のないまま上がり続け、気づいたときには重症レベルに達して手足がつり、動けなくなり、意識を失う。もしそのとき自宅で1人だったら...
 データはこの構図を裏づけています。
気象庁・環境省の発表では、熱中症による死亡者の約8割を65歳以上の高齢者が占め、そのうちの約9割がエアコンを使っていませんでした。
つまり問題の核心は、「暑さ・喉の渇き」という身体的反応の低下により危険信号を察知できないのです。
従来の「暑いと感じたらエアコンを」「喉が渇いたら水分を」という指導は、機能低下した高齢者層には届かないのです。

「使わない」には二種類ある
◆感じない人と、感じても使わない人◆
対策を設計するうえで、エアコンを使わない理由を分けて考える

高齢者がエアコンを使いたがらない理由(三菱電機の調査より)
第1位「節電、電気代がもったいないから」(33.3%)
第2位「エアコンを使うほど暑くないから」(29.5%)
第3位「エアコンは寒いから」(28.2%)

ここには性質の異なる二つの壁が見えます。
1.感覚の壁
「暑くない」と本気で思っている人
2.価値観・経済の壁
暑さは感じていても「電気代がもったいない」「冷えは体に悪い」という節約意識や価値観からエアコンを避ける人

 生活困窮世帯では、そもそも設置費用や電気代を払えないという現実的な壁も加わります。
この区別が重要なのは、それぞれ効く対策が違うという点です。

感覚の壁への対応
情報の可視化(WBGTなど)や物理的な介入(ヘルパーやエアコン自動起動など)
価値観の壁への対応
説得やコミュニケーションが必要
経済の壁への対応
金銭支援が必要

「自己管理できない」という一言でくくられがちなこの問題は、実際には少なくとも三層構造だという点を認識する必要があります。

課題の本質
◆自律を前提とした予防モデルの限界◆
「自己管理できないという最大の課題」の意味

 熱中症対策の主流は、警戒アラートを出し、リーフレットを配り、「気をつけましょう」と呼びかける方式です。これは、受け手が情報を理解し、自分の状態を正しく認識し、自発的に行動を変える、という自律的な個人を前提としています。ところが最も危険な高齢者層は、まさにその前提のどこかが欠けています。
暑さを認識できない、危険性を軽視する、あるいは行動を起こす気力や身体機能が衰えている。など。
言い換えれば、これは「正しい情報を届ければ人は動く」という啓発モデルの限界がここにあります。

 だからこそ、対策の発想を「本人に気づかせ、行動させる」から「本人が気づかなくても守られる」へと転換する必要があります。個人の意思決定に頼る部分をできるだけ減らし、環境と仕組みの側で危険を吸収する。これが挑むべき方向性です。

対策1
感覚を「数値で認知する」

 本人の体感が当てにならないなら、体感の代わりになる客観的な指標を本人と周囲に渡すのが、まず第一歩です。すでに各地で温湿度計の配布が始まっています。ある自治体では保健所が主体となり、地区の民生委員と連携して75歳以上の独居高齢者へ温湿度計を配布し、日々の環境を数値で可視化しつつ、アンケートを通じて本人の熱中症リスクへの認識を深めることで自発的な行動変容を促しています。

「暑くないと思っても、この数字が28度を超えたらエアコンをつける」という、行動ルールを部屋の中に置いて、目視できるようにする。これで、ファーストアプローチが完成します。
センサーによる常時監視を導入している自治体もあります。渋谷区では区内の小中学校や公園にWBGTセンサーを設置してデータをリアルタイムで可視化し、基準値を超えた際には管理者のスマートフォンへ自動で¹プッシュ通知を送る仕組みを導入しています。この発想を住宅に持ち込めば、本人が「暑くない」と感じていても、室温が危険域に達した瞬間に離れて暮らす家族のスマホへ通知が飛ぶ、という見守りが可能になります。感覚の欠落を、テクノロジーによる外部の目で補うのです。

対策2
物理的なハードルを取り除く
エアコンを「命のインフラ」に

 「暑くない」と感じる人にも、経済的に設置できない人にも共通して効くのが、そもそもエアコンが部屋にあり、電気代を気にせず使える状態を作ることです。

 多くの自治体が、高齢者世帯を対象にエアコン設置費・購入費の助成制度を設けています。制度の対象はたとえば、居宅にエアコンが1台もない住民税非課税世帯や生活保護世帯で、かつ65歳以上のみで構成される世帯、といった形で、経済的に最も設置が難しい層に絞られています。東京都武蔵野市のように都の補助金に市独自予算(最大5万円)を上乗せし、高齢者がほとんど自己負担なしで設置できるようにした例もあります。

 この発想の根底にあるのは、エアコンを「贅沢品」ではなく「命を守るためのインフラ」と捉え直すことです。屋内での熱中症死亡者の約85%がエアコンを使用していなかったという事実を踏まえれば、設置と適切な使用の支援こそ、40度を超える酷暑への最も有効な対策の一つだと言えます。ただし制度には落とし穴もあります。多くが事前申請制で工事後の申請は対象外になりやすく、予算枠が限られ早い者勝ちになりがちで、そして何より㊟¹「制度があること自体を本人が知らない」ケースが多い。
だからこそ、次の見守りとセットにする必要があります。

対策3
人の目でつなぐ
補助金申請を「見守りのきっかけ」にする

 技術と設備だけでは、最後の一歩が埋まりません。自分で危険を認識できず、制度も知らず、申請もできない人に、誰が手を差し伸べるのか。ここで人の関与が決定的になります。

 注目すべきは、エアコン補助金制度が単なる金銭支援を超えた機能を持ちうる点です。
環境省は、制度の周知や申請支援をきっかけに見守り活動が強化され、高齢者の孤立防止や地域とのつながりの再構築につながると位置づけています。エアコンの未設置や故障は、経済的な問題であると同時に、見守りや支援が十分に届いていないサインでもある。だから補助金の案内・申請支援を入り口に、民生委員や地域包括支援センター、自治体職員が高齢者の生活状況を把握しにいく。
制度を「お金を配る仕組み」ではなく「家の中に入るきっかけ」として使うのです。
 実際、一歩踏み込んだ訪問型の支援も実現しています。東京都多摩市では職員が直接家庭を訪問し、エアコンが適切に設置されているか、機器が古く冷却効果が低下していないかを確認する見守り支援を行っています。「暑くない」と言い張る本人の言葉ではなく、部屋の実態を第三者の目で確かめる。この地道な確認こそが、自己申告の当てにならない層を守る最後の砦になります。
 さらに、日常のサービスに見守りを埋め込む工夫も広がっています。地域包括支援センターが企業と連携する例や、お弁当の宅配事業者・宅配サービス事業者と連携して配達のたびに安否を確認する自治体の取り組みなど、既存の生活動線の中に「気づく機会」を織り込む発想です。医療や介護の専門職が毎日訪ねるのは不可能でも、弁当を届ける人が「今日はエアコンがついていないな」と気づける仕組みなら、持続可能な形で広く網をかけられます。

結論 ―― 「気づかせる」から「気づかなくても守る」へ

 高齢者が温度感知機能の低下によってエアコンを使わず亡くなるという問題は、熱中症対策の中でも突出した課題です。本人の努力や意識の向上を促す従来型のアプローチが、原理的に届きにくいという要因が根源にあるからです。暑さを感じない人に「暑いと感じたら涼んで」と言っても意味がなく、危険を軽視する人に「気をつけて」と繰り返しても響きません。
 だからこの課題へのアプローチは、本人の自己管理能力に期待するのをやめ、その欠落を前提に社会の側で埋める、という発想の転換にあります。感覚の欠落は温湿度計とセンサーで数値化して外部から補い、設置と電気代の壁は補助制度で取り除いてエアコンを命のインフラに変え、認識と申請の壁は補助金を入り口にした訪問・見守り・宅配連携という人の目でつなぐ。この三層を組み合わせることで初めて、「自分では守れない人」を守る網ができあがります。
自己管理できないという最大の課題に挑む。
それは、自己管理を求めないで済む仕組みをどれだけ作れるか、という問いに答えることなのです。

 この記事は熱中症死という重いテーマを扱っています。もしご家族や身近な高齢者の具体的な対策を検討されているのであれば、お住まいの自治体でどんな補助制度や見守りサービスが使えるかを調べてみましょう。

ーーーーーーーーーーーーー解説ーーーーーーーーーーーーー
㊟¹「制度があること自体を本人が知らない」ケースが多い。 について

手続きの原則は申請主義
 日本の行政手続きの多くは「申請主義」の原則に基づいています。たとえ受給要件を満たしていても、自分から窓口へ行ったり、書類を揃えて提出したりしない限り、自動的に支援が行われることは原則としてありません。
また、支援を受けるための案内用紙を送ったり、促したりすることはありません。
※国民年金・国民健康保険・住民税などの制度に関わる案内はこれに該当しません。

補足情報
なぜ申請主義なのか: 行政側が個々の市民の状況をすべて把握することは現実的に難しいため、また、個人のプライバシーや「受け取る・受け取らない」という個人の意思を尊重するという考え方が背景にあります。

課題: この仕組みには、情報にアクセスできない人や、手続きが困難な人が必要な支援からこぼれ落ちてしまう「捕捉率の低さ」といった課題も指摘されています。

ーーーーポイント☝️ーーーー
¹プッシュ通知 について
 このプッシュ通知システム、実は、当サイトでも導入しています!
熱中症指数の都道府県登録とプッシュ通知スイッチをオンにすれば、危険アラートが発令された場合に朝7時頃と昼12時頃に対象都道府県登録者全員にプッシュ通知でお知らせしております。
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追記

孤立という名の危機
高齢者の熱中症とコミュニティの再考

 かつて私は、サービス付き高齢者住宅に併設されたヘルパーステーションで勤務していました。そこでの私の主な業務は、入居者の部屋を個別訪問し、介護計画に基づいた支援を行うことでした。

その現場で目の当たりにした、高齢者の熱中症に関する二つの事例を紹介します。

事例1:80代女性(要支援2)
 施設では夏場、飲水量と体調の確認を徹底していました。ある朝7時頃、お茶を支給し室温を28℃以下に設定して退室しました。しかし、数時間後に再訪すると、お茶はほとんど減っておらず(100ml程度)、エアコンはなんと暖房に切り替わり、室温は30℃を超えていました。「なぜ暖房に?」と尋ねると、「寒かったから」という答えが返ってきました。

事例2:80代男性(要介護2)
この方は、訪問のたびにエアコンがオフになっています。ベッド上で過ごすことが多く、私が「熱中症の危険があるので使いましょう」と促してスイッチを入れ、退室します。しかし、数時間後に再訪すると、再びスイッチは切られています。飲水量も少なく、脱水の危険性が高いため、その都度、常駐看護師に報告せざるを得ませんでした。

これらは、加齢による体温調節機能の低下が招く危機的な実態です。夏に個別訪問を行うヘルパーの多くが、同様の経験をしています。ニュースで「高齢者がエアコンを使わず熱中症で死亡」と報じられるたび、訪問介護だけでは防ぎきれない限界と、やり場のない憤りを感じます。

以前、知人にこの話をすると「高齢者だから仕方ないでしょ」と一蹴されました。果たして、本当にそうでしょうか。

人間誰しも歳を重ねれば、体温調節機能は衰えます。誰にも気づかれぬまま熱中症で意識を失い、そのまま命を落とす。そして、死後数日、あるいは数か月経って発見される……。
かつて警察官から聞いた孤独死の現場の話は凄惨を極めるものでした。あのような過酷な現場で尽力されている消防・救急・警察の方々には、今も頭が下がる思いです。

 私たちは、生まれてから死ぬまでの旅路を、決して独りで歩むことはできません。
そのことは、生命の誕生というプロセスを振り返れば明らかです。誕生は決して一人称では完結しない共同作業です。私たちは、最初から「他者との繋がり」という条件を背負ってこの世に生を受けました。だからこそ、独りでひっそりと生きるのではなく、その繋がりをいかに前向きな「輪」へと広げていくかが、QOLを高める重要な手がかりとなります。

「独りでひっそりと生きる」
個の閉鎖性は、人間関係の断絶を招きます。自治会や地域のコミュニティ活動といった「皆で共に楽しむ」関係性へ、いかに意識をシフトさせていくか。これは全国の自治体が直面している根深い社会課題です。
孤立を防ぎ、持続可能なコミュニティを再構築することこそが、現代社会の鍵となります。

◆最後に◆
 地域コミュニティへの参加は、「孤立」から「共生」への転換を促し、地域の防災力を高めます。そして、一人ひとりの心身のウェルビーイング(健康促進)を守り抜くためにも、この取り組みこそが最も確実で不可欠な戦略であると私は確信しています。